科学哲学科学史 (演習) 論理学

京都大学文学部の「科学哲学科学史 (演習) 論理学」(毎週火曜日16:45〜18:15)の授業Blogです。

11月3日(火)は休講です(次回は11月10日)

11月3日(火)は国民の祝日(文化の日)のため、授業はありません。次回の授業は11月10日(火)です。

11月10日の授業は、予定を変更して問題演習を中心に行います。第4回でやり残した演習問題と宿題を、その場で解きながら説明します。第4回の記事の最後で予告した等号の規則は、後の回に回します。

第4回の宿題の締切は、11月10日(火)の授業開始前です。提出はKULMSの左メニューの「課題」からお願いします。第4回の補足資料(Q&A)とスライド完全版は、KULMSの「授業資料(リソース)」の「第4回(10/27)」フォルダに掲載しています。

授業日時

11月10日(火)16:45〜18:15
文学部第4講義室

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[2026後期火5] 科学哲学科学史(演習) 担当:矢田部俊介(西日本旅客鉄道株式会社)

後期授業第4回(10/27)

第4回は、∃ の導入規則と除去規則を入れました。前回の ∀ の2規則と合わせて、これで最小述語論理の規則がそろいます。

今回の目次は次のとおりです。前回の要約と宿題の答え合わせのあと、中学校の方程式から「解がある」という言い方の二つの使い方を取り出し、それぞれを ∃ の導入規則と除去規則にしました。導入規則のところでは、切り裂きジャックを例に存在具体性を説明し、証人が入力に依存してよいことを見ました。除去規則のところでは、∃ の除去を無限個に場合分けする ∨ の除去として読み、固有変数条件を入れました。そのあと、前回持ち越した「最大の自然数はない」の書き方の問題を、今日の規則で片側だけ片付けました。最後に、∃ が無限選言の役をすること、二つの「ある」を同じものにしてしまう誤りが人間にも LLM にも出ることを見ました。

今回の要点は、∃ を除去するときに使う x は「A[x] をみたす何か」の仮の名前であって、それについて A[x] 以外のことを仮定してはいけない、ということです。前回の ∀ の固有変数条件と、同じことを言っています。次回は11月10日で、等号の規則と、名前を導入するとは何をすることか、というブランダムの議論に進みます。

授業日時

10月27日(火)16:45〜18:15
文学部第4講義室

授業内容

  • 今日で最小述語論理がそろう(前回の要約)
  • 宿題の答え合わせ
  • 数学の「存在する」(方程式の解を見つけて言う/あるものとして使う)
  • ∃ の導入規則と存在具体性(ジャックの例、仮定なしという条件)
  • 証人は入力に依存する(∀x∃y(x<y) の証人は x+1)
  • ∃ の除去規則(方程式を解く、∨ の除去との類比、例題、仮定から受け継ぐ ∃)
  • 固有変数条件(∀ の導入の条件と並べる、x=2 かつ x=3 の失敗例、犯人は左利き?)
  • 前回の持ち越し:「最大の自然数はない」の二つの書き方
  • 無限選言としての ∃(双対性)
  • 三層で見る/人間も LLM も
  • 演習


解説

最小述語論理がそろう

前期の最小命題論理の8規則に、第2回で入れた言語(項・述語・量化子)を載せ、前回の ∀ の2規則と今回の ∃ の2規則を足したものが最小述語論理です。前期の規則は一つも変えていません。∀ と ∃ の規則は、ちょうど向きが逆になっています。∀ の除去は代入するだけで条件がなく、導入に固有変数条件がつきました。∃ のほうは、導入が代入を戻すだけで条件がなく、除去に固有変数条件がつきます。

数学の「存在する」

中学校で「方程式 x+2=4 には解がある」と言うとき、私たちはたいてい解を一つ見つけています。2+2=4 だから、x+2=4 には解がある。具体的な数 2 で確かめた式の、2 のところを x に置き換えて「ある x について」と言っているわけです。これが ∃ の導入規則になります。

もう一つの使い方は、解があるものとして先へ進むことです。x+2=4 をみたす x がある、その x を一つとる、両辺から 2 を引いて x=2、代入して 2+2=4。このとき x は未知数で、x+2=4 をみたすということしかわかっていません。中身を知らないから文字で書いています。「ある」と言われたものに仮の名前をつけて推論する、これが ∃ の除去規則になります。

∃ の導入規則と存在具体性

∃ の導入規則(∃I)は、ある項 t について A[t] が示せたら ∃x A[x] と言ってよい、という規則です。t を証人と呼びます。2+2=4 からは ∃x(x+2=4) も ∃x(2+x=4) も ∃x(x+x=4) も出ます。A[x] をどう読むかで、A[2] がどれも同じ 2+2=4 になるからです。

ここでジャックの例に戻ります。1888年8月31日の未明、ロンドン東部ホワイトチャペルのバックス・ロウで、メアリ・アン・ニコルズが殺されました。いわゆる「正典の5人」の最初の犠牲者とされる事件で、犯人はいまも特定されていません。K(x) を「x がメアリを殺した」とすると、∃I で ∃x K(x) を出すには、線の上に K(t) を置く項 t が要ります。それがないので、∃x K(x) は ∃I では証明できません。∃I で「誰かが殺した」と言うには、その誰かを名指せなければならないのです。

この性質を体系全体について言ったものが存在具体性です。最小述語論理で、仮定なしに ∃x A[x] が証明できるなら、ある項 t について A[t] も仮定なしに証明できる。英語では existence property、日本語では存在特性と呼ぶのが普通で、∨ についての選言特性(disjunction property)と対になっています。授業では、証人が具体的に出るという意味を込めて「存在具体性」とも呼んでいます。

注意が二つあります。一つ目に、これは ∃I の形から「明らか」ではありません。∃x A[x] の証明は最後に →E や ∨E を使っているかもしれず、それだけでは証人がどこにあるのかわかりません。遠回りを全部消して(正規化して)、最後の規則が ∃I になった証明から読むことになります。前期の正規化定理を述語論理に延ばすのは第7回です。二つ目に、「仮定なしに」が外せません。∃x K(x) を仮定すれば、∃x K(x) そのものが証人なしに出ます。

証人は入力に依存する

存在具体性があるなら、∃x P(x) が言えるときは P(t) も言えます。それなら最初から P(t) と書けばよく、∃ は情報を捨てているだけではないか、という疑問が出ます。答えは、証人が入力しだいで変わる場合があるから、です。∀x∃y(x<y) では、x が 5 なら y は 6、10 なら 11 で、一つの数を書いて済ませることはできません。証明の中では、x<x+1 から ∃I で ∃y(x<y) を出し、∀I をかけます。証人は項 x+1 で、x を含んでいます。∀x∃y の証明は、x を受け取って y を返す手順、つまり関数を与えています。構成的な立場(BHK 解釈)では、これが ∀x∃y の証明の意味そのものです。

∃ の除去規則

∃ の除去規則(∃E)は、A[x] をみたす x を一つとって A[x] と仮定し、C が出せたなら、∃x A[x] から C を結論してよい、という規則です。仮定 A[x] はキャンセルします。方程式の例なら、仮定 x+2=4 から計算で 2+2=4 を出し、∃x(x+2=4) と合わせて 2+2=4 を結論します。x は最後まで未知数のままで、x が何であったかは結論に残りません。

∃E は ∨E とよく似ています。∨E は A∨B から、場合 A と場合 B のそれぞれで C を出して C を結論しました。∃x A[x] を A[0]∨A[1]∨A[2]∨… と読めば、∃E は無限個に場合分けする ∨E です。ゲンツェン(1935)自身が「∃ の除去と ∨ の除去にはある類比がある。一般に、存在記号が ∨ の一般化であり、全称記号が & の一般化であるのと同じである」と書いています。ただし ∃E は、場合ごとに証明を書くのではなく、一本の証明で全部の場合を片付けます。一本の証明がどの場合にも通用するには、x に特別な性質を持ち込んではいけません。

仮定から ∃ を受け継ぐこともできます。∃x K(x) を仮定し、∃E の中で K(x) から ∨I で K(x)∨M(x)、∃I で ∃x(K(x)∨M(x)) を出せば、名前を一度も出さずに別の ∃ が言えます。証人なしで ∃ が言えるのは、∃ を仮定から受け継ぐときだけです。日常の「誰かがやった」は、たいてい証拠からの推定として仮定の側に入ってきます。

固有変数条件

∃E をかけてよいのは、次の二つが成り立つときに限ります。(a) 右の枝で C が依存しているまだキャンセルされていない仮定のうち、A[x] 以外のものに x が自由に出てこない。(b) 結論 C に x が自由に出てこない。仮の名前 x について A[x] 以外のことを仮定しない、x を結論に持ち出さない、ということです。前回の ∀I の条件と並べると、∀I では「x について何も仮定していない」、∃E では「A[x] 以外は何も仮定していない」になります。

条件がないとどうなるかを見ます。∃x(x+2=4) から ∃E で、仮定 x+2=4 から x=2 を出し、そこへ別の仮定 x=3 を ∧I で合わせて (x=2)∧(x=3) を出します。これに ∃I をかけると ∃x*1、つまり「2 でも 3 でもある数がある」が出てしまいます。仮定の ∃x(x+2=4) と x=3 は、x を 3 とすればどちらも真にできるのに、結論は偽です。悪いのは、∃E の仮の名前 x が「x+2=4 をみたす何か」でしかないのに、x=3 という別の x についての仮定が紛れ込んだことで、(a) と (b) の両方に違反しています。別の数についての仮定は y=3 のように別の文字で書き、結論を ∃x で束ねてから ∃E をかければ、何もおかしなことは起きません。

ジャックでも同じ失敗ができます。∃x K(x)「誰かがメアリを殺した」と ∃x L(x)「左利きの者がいる」から、二つの ∃E で同じ仮の名前 x を使うと、∃x(K(x)∧L(x))「犯人は左利き」が出てしまいます。内側の ∃E の時点で K(x) がまだ開いているので、(a) の違反です。二つ目の「誰か」に新しい名前 y を使えば、出るのは ∃x∃y(K(x)∧L(y)) までで、犯人と左利きの者が同じ人かどうかはわからないままです。

前回の持ち越し:「最大の自然数はない」

第2回で、「自然数は無限に存在する」を ¬∃x∀y(y<x∨y=x)(有界でない)と ∀x∃y(x<y)(どの数にもそれより大きい数がある)の二通りに書き、同じことを言っているかは規則しだいだ、と言いました。今回の規則で片側が埋まります。x<y ならば y≤x ではない、という < についての事実を前提にすると、∀x∃y(x<y) から ¬∃x∀y(y<x∨y=x) は ∃E を二回使って出ます。最大の数 x があるとすると、それより大きい y がとれるが、x は最大なので y≤x となり、食い違うからです。矛盾律は使わないので、最小述語論理の証明です。

逆向きは、まだ出ません。「最大の数はない」から「x より大きい数がある」へ進むには、「どの y も x 以下、ではない」から「x 以下でない y がある」と言う一歩、つまり ¬∀yφ→∃y¬φ が要ります。これは最小論理でも直観主義論理でも出ず、古典論理(第8回)で出ます。ただしこれは、前提が < についての事実だけの純粋な論理での話です。自然数の算術を全部背景にすれば、∀x∃y(x<y) はそれだけで(y=x+1 として)証明できるので、事情が変わります。

無限選言としての ∃

前回、∀x φ(x) は φ(0)∧φ(1)∧… の役をし、各 n について ∀x φ(x)→φ(0)∧…∧φ(n) が証明できる、と見ました。∃ はその鏡像で、∃x φ(x) は φ(0)∨φ(1)∨… の役をし、各 n について φ(0)∨…∨φ(n)→∃x φ(x) が証明できます。∨E で場合分けし、各場合で ∃I をかければよいのです。∀ からは有限の連言が出て、∃ へは有限の選言から入る。この矢印の向きの入れ替わりを双対性と呼びます。どちらも、長さ無限の式の役を、有限の文字列と有限の規則で果たしています。ただしあくまで類比で、領域のすべての要素に名前があるとは限りません。

三層で見る/人間も LLM も

∃I で証人 t を入れて、すぐ ∃E で取り出す遠回りは、∃E の中の証明の x を全部 t に置き換え、仮定 A[t] のところに A[t] の証明をつなげば消せます。(a) があるからほかの仮定は変わらず、(b) があるから結論も変わりません。条件は、前回の ∀ と同じく、導入と除去を釣り合わせるためにあります。固有変数は、∃E の中だけで使える持ち出せない仮の名前です。持ち出せる名前を足すやり方(ヘンキン定数)は第12回で扱います。

二つの「ある」を同じものにしてしまう誤りは、人間にもよく出ます。「ある A は B である」「ある B は C である」から何が言えるかを自分で書かせる三段論法の実験では、約6割が「ある A は C である」と答え、正しく「何も言えない」と答えたのは約3割でした(Khemlani & Johnson-Laird 2012 のメタ分析)。二つの「ある B」が同じものとは限らないのに、同じ仮の名前を使っているわけです。LLM のほうは、同じ形の三段論法で、人間以上に「何も言えない」と答えないことが報告されています(Eisape et al. 2024)。第1回の実演でも、手元の小さなモデルが「本名は X とも Y とも言われている」と答えたあと、「彼は名前を Y に変えた」と二つの名前を改名でつないでいました。犯人は ∃E の仮の名前 x でしかないのに、そこへ x=X と x=Y を書き込んだ形で、x=2 かつ x=3 と同じです。

今回のキーワード

最小述語論理, 存在量化子, ∃ の導入規則, ∃ の除去規則, 証人, 存在具体性, 存在特性, existence property, 選言特性, 正規化, 依存性, BHK 解釈, 固有変数条件, 仮の名前, 未知数, 無限選言, 双対性, ゲンツェン, 切り裂きジャック, 三段論法

宿題

次の論理式を、証明できる場合は自然演繹で証明してください。A には x が出てこないとします。

問1 ∀x B[x]→∃x B[x]
問2 ∃x B[x]→∀x B[x]
問3 ∃x(B[x]→A)→(∀x B[x]→A)
問4 ∃x F[x]∧∃x G[x]→∃x(F[x]∧G[x])

証明できないと思う問は、どこで詰まるかを書いてください。問4のヒント:x−2=0 にも x−5=0 にも解はあります。では連立方程式は? ∀I と ∃E を使うたびに、固有変数条件を点検したことがわかるように書いてください。

エクストラ(解かなくても不利になりません):¬∃x B[x]→∀x ¬B[x] と、その逆 ∀x ¬B[x]→¬∃x B[x]
ヒント:¬A は A→⊥ の略記です。前者は B[x] を仮定して ∃I、後者は ∃E を使います。

解くのにかかった時間も書いてください。締切は11月10日(火)の授業開始前です(11月3日は祝日で授業はありません)。提出方法・期限はKULMSの指示に従ってください。

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[2026後期火5] 科学哲学科学史(演習) 担当:矢田部俊介(西日本旅客鉄道株式会社)

*1:x=2)∧(x=3

後期授業第3回(10/20)

第3回は、∀ の導入規則と除去規則を入れました。前回は述語と量化子を導入し、式が読めて書けるところまで進みました。今回から、その式を証明する規則を足していきます。

今回の目次は次のとおりです。まず、前期の最小命題論理の推論規則を確認し、そこに量化子の規則を足したものが最小述語論理である、という全体の形を見ました。前回の要約と宿題の答え合わせのあと、中学校の証明とバークリの三角形の議論から「任意の x をとる」の意味を考え、∀ の導入規則と除去規則を定義しました。そのうえで固有変数条件を入れ、条件を破った証明と守った証明を並べました。最後に、∀ が無限連言の役をすること、条件が導入と除去を釣り合わせるためにあること、特別な例で一般化する誤りは人間にも LLM にも出ることを見ました。

今回の要点は、∀ を導入してよいのは、その変数について何も仮定していないときに限る、ということです。これが固有変数条件で、数学の「勝手に x をとる」の「勝手に」を記号で言い直したものです。次回は ∃ の規則に進みます。∃ の除去にも固有変数条件が出てきます。

授業日時

10月20日(火)16:45〜18:15
文学部第4講義室

授業内容

  • 出発点:最小命題論理の8規則に量化子の規則を足すと最小述語論理になる
  • 前回の要約と宿題の答え合わせ
  • 数学の「すべての」(中学校の証明、バークリの三角形)
  • ∀ の導入規則と除去規則(前回の Q[5] を ∀E で出す、ジャックの例、代入の注意)
  • 固有変数条件(条件を破った証明、ジャックで同じ失敗をする、用語の由来)
  • 条件を守った証明(先にキャンセルしてから ∀I、例題2つ、ダミー変数)
  • 無限連言としての ∀(縮約)
  • 三層で見る:条件は何のためにあるか
  • 人間も LLM も、特別な例で一般化する
  • 演習


解説

最小命題論理に量化子の規則を足す

前期に作った体系は最小命題論理でした。→ の導入と除去、∧ の導入と二つの除去、∨ の二つの導入と除去の、全部で8規則です。⊥ には規則がなく、¬A は A→⊥ の略記でした。⊥ から何でも出す規則(矛盾律)が入っていないので「最小」と呼びます。

後期はこの8規則を一つも変えずに使います。変わるのは、A や B に述語や量化子を含む式(K(x)、∀x L(x) など)を入れてよくなることと、量化子の規則が足されることだけです。今回の ∀ の2規則と、次回の ∃ の2規則を足したものが最小述語論理です。その先で矛盾律を足すと直観主義述語論理(第6回)、さらに排中律を足すと古典述語論理(第8回)になります。前期と同じく、規則を一つ足すたびに何が新しく証明できるようになったかを見ていきます。

数学の「すべての」

中学校で「どんな自然数 x についても、x が偶数ならば x+1 は奇数である」を証明するときは、次のようにします。自然数 x を、何の条件もつけずに勝手に一つとります。x が偶数だと仮定すると、x=2k と書けるので x+1=2k+1 は奇数です。ここで仮定を外して「x が偶数ならば x+1 は奇数」とし、x は勝手にとったのだから、どんな x についてもそうだ、と結論します。最後の一歩が ∀ の導入で、その根拠は「何の条件もつけずに」だけです。

一つの例で証明したのに、なぜ全部について言えるのでしょうか。バークリは『人知原理論』(1710)の序論§16で、三角形について同じ問いを立てています。証明のあいだ思い浮かべているのが、辺の長さの決まった直角二等辺三角形であっても、その証明はあらゆる三角形に及ぶ。直角であることも、辺が等しいことも、辺の長さも、証明にまったく関わっていないからだ、というのがバークリの答えです。特定のものを思い浮かべていてよく、その特別な性質を証明に使っていなければ全部について言える。これを証明の規則として書いたのが、今回の固有変数条件です。

逆向きは簡単です。どんな x についても x=x なら、0=0 です。すべてについて言えることは、一つについても言えます。こちらが ∀ の除去です。

∀ の導入規則と除去規則

∀ の導入規則(∀I)は、A[x] が証明できたら ∀x A[x] を結論してよい、という規則です。ただし固有変数条件がつきます。除去規則(∀E)は、∀x A[x] から、x に好きな項 t を入れた A[t] を結論してよい、という規則です。

∀E を使うと、前回やり残した推論がすぐにできます。「自然数は無限に存在する」∀x∃y(x

固有変数条件

固有変数条件は、∀I で A[x] から ∀x A[x] を出してよいのは、A[x] が依存しているまだキャンセルされていない仮定に、x が自由変数として出てこないときに限る、というものです。x について何も仮定していない、つまり x は本当に勝手にとったものだ、ということを記号で言っています。キャンセル済みの仮定は数えません。

条件がないとどうなるかを見ます。仮定 (x=0)∧(y=0) から ∧E で x=0 を出し、そこで ∀I をかけると ∀x(x=0) になります。最後に仮定を →I で外すと、「x=0 かつ y=0 ならば、すべての自然数は 0 である」が証明できてしまいます。x と y に 0 を入れると、前提は真で結論は偽です。悪いのは ∀I をかけた時点で、仮定 (x=0)∧(y=0) がまだキャンセルされていなかったことです。そこに x が入っているので、x は「勝手にとった」ものではなく「0 だととった」ものでした。

ジャックでも同じ失敗ができます。犯人として x を一人とり(仮定 K(x))、∀x(K(x)→L(x)) と →E で L(x) を出し、そこで ∀I をかけると ∀x L(x)「全員が左利きだった」になります。犯人について調べていたはずが、ロンドン中の人について言ってしまいました。x には「メアリを殺した」という条件がついていて、その仮定がまだキャンセルされていないからです。

点検の手順は単純です。∀I をかける線から上へたどり、キャンセルの印がまだついていない仮定を拾います。その中に x が自由に出ていたら、∀I はかけられません。

用語についても触れました。自然演繹を作ったゲンツェンの論文(1935)では、∀I で使う自由変数が Eigenvariable と呼ばれています。eigen は「固有の」「自分専用の」という意味です。ゲンツェン自身は条件のほうを Variablenbedingung(変数条件)と呼んでいて、日本語でも「固有変数条件」とも「変数条件」とも言います。

条件を守った証明

条件を守るには、仮定を →I で外してから一般化します。(x=0)∧(y=0) から x=0 を出したら、先に →I で仮定をキャンセルして (x=0)∧(y=0)→x=0 とし、それから ∀I をかけます。結論は「どんな x でも、x=0 かつ y=0 ならば x=0」で、当たり前に正しい文です。固有変数条件は「一般化するな」とは言っていません。「条件を結論に書き込んでから一般化せよ」と言っています。

例題として ∀x(A→B[x])→(A→∀x B[x])(A には x が出てこない)を証明しました。∀I をかけるところでまだキャンセルされていない仮定は ∀x(A→B[x]) と A の二つで、前者の x は束縛され、後者には x が出てこないので、条件を満たします。もう一つの例題 ∀x B[x]→∀y B[y] からは、前回約束として言った「束縛変数は名前を替えてもよい」が、規則から証明できることがわかります。また、y=0 から ∀x(y=0) のように、x が出てこない式にも ∀x をつけられます(ダミー変数)。仮定に x が出てこないので、条件は自動的に満たされます。

無限連言としての ∀

∀x φ(x) からは、φ(0)∧φ(1)∧φ(2) のような連言が証明できます。仮定 ∀x φ(x) から ∀E で φ(0)、φ(1)、φ(2) をそれぞれ出し、∧I でつなげばよいのです。どの n についても同じやり方で φ(0)∧…∧φ(n) が出ます。前回の「無限に長い文は書けない」への答えがここにあります。∀x φ(x) という有限の式が、どこまででも伸ばせる連言の役をしています。

このとき、同じ仮定 ∀x φ(x) が何か所にも出てきて、→I で一度にキャンセルされています。前期第4回の言葉でいえば縮約です。n までの連言なら、コピーは n+1 回で有限回です。必要なだけ何回でもコピーしてよい、という縮約の力が、∀ を無限連言のように働かせています。

三層で見る:条件は何のためにあるか

∀I のすぐ後に ∀E をかけるのは遠回りです。∀x A[x] を作ってすぐ t を入れるくらいなら、A[x] の証明の中の x を全部 t に置き換えれば、A[t] の証明が直接できます。前期の ∧ や → と同じ、局所のハーモニーです。

ところが条件を破っているとこの近道が壊れます。仮定 x=0 から ∀I で ∀x(x=0) を作り、∀E で 1 を入れて 1=0 を出したとします。近道にすると、仮定まで 1=0 に書き換わってしまいます。x が仮定に出てこなければ、x を t に置き換えても仮定は変わりません。固有変数条件は、遠回りを消せるようにするため、つまり ∀ の導入と除去を釣り合わせるためにあります。

人間も LLM も、特別な例で一般化する

前回の予告では「早まった一般化」と言いましたが、正確には違います。早まった一般化は、少なすぎる事例から全体を推す帰納の誤りです。固有変数条件の破れは、事例が一つでも百でも起きます。特別な例を、任意の例と取り違える誤りです。

人間の側の例として、「すべての三角形は二等辺三角形である」というよく知られた誤った証明があります。誤りは図にあって、ある交点が三角形の内側に来るように描いてありますが、それは仮定からは出てきません。図の特別な性質を証明に使ってしまっている、バークリの議論の裏返しです。

LLM についても、数学オリンピックの問題で証明を書かせた研究に、同じ形の答案が報告されています。一つの添字について示しただけで全ての添字について結論したもの、特定の多項式で示しただけで全ての多項式について結論したものです(Petrov et al. 2025)。証明の誤りを分類した別の研究は、いくつかの具体例から一般の結論を引き出す誤りを、独立の項目として立てています(Mahdavi et al. 2025)。人間の答案にも同じ形の誤りは出ます。違いは、点検する手順を持っているかどうかです。

今回のキーワード

最小命題論理, 最小述語論理, 全称量化子, ∀ の導入規則, ∀ の除去規則, 固有変数条件, 変数条件, Eigenvariable, ゲンツェン, バークリ, 代入, 変数の捕獲, ダミー変数, 束縛変数の名前替え, 無限連言, 縮約, 局所のハーモニー, 遠回りの除去, 特別な例からの一般化

宿題

次の論理式を、証明できる場合は自然演繹で証明してください。A には x が出てこないとします。

問1 (A∨∀x B[x])→∀x(A∨B[x])
問2 ∀x(F[x]→G[x])→∀x(G[x]→H[x])
問3 ∀x(F[x]→G[x])→(∀x(G[x]→H[x])→∀x(F[x]→H[x]))

証明できないと思う問は、どこで詰まるかを書いてください。∀I を使うたびに、固有変数条件を点検したことがわかるように書いてください。

エクストラ(解かなくても不利になりません):¬¬∀x B[x]→∀x ¬¬B[x]
ヒント:¬A は A→⊥ の略記です。¬B[x] と ∀x B[x] から ⊥ を出し、最後に ∀I をかけます。

解くのにかかった時間も書いてください。提出方法・期限はKULMSの指示に従ってください。

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[2026後期火5] 科学哲学科学史(演習) 担当:矢田部俊介(西日本旅客鉄道株式会社)

後期授業第2回(10/13)

第2回は、述語と量化子(∀、∃)を導入しました。前回、命題論理では「ジャックはメアリを殺した」から「誰かがメアリを殺した」が証明できないことを確かめました。今回は、その推論を書ける言語を作るところまで進みます。

今回の目次は次のとおりです。まず前回の要約をしたあと、「自然数は無限に存在する」を命題論理で書こうとして失敗する例を見ました。次に、文から名前を抜いた「穴の開いた文」として述語を導入し、型から出てくる全部をまとめて言う記号として量化子を導入しました。そのうえで切り裂きジャックを式で書き、スコープ、束縛変数と自由変数、量化子の順番を順に見ました。応用編として ε-δ 論法を取り上げ、最後に、量化子の順番で迷うのは人間も LLM も同じだという話をしました。

今回の要点は、''量化子の順番を入れ替えると主張が変わる''、ということです。∀x∃y と ∃y∀x の違いは、無限の分析にも、ε-δ 論法にも、日常の推論の誤りにも、同じ形で現れます。次回からは、量化子の導入規則と除去規則を入れていきます。

授業日時

10月13日(火)16:45〜18:15
文学部第4講義室

授業内容

  • 前回の要約(名前はあるのに、誰なのかわからない)
  • 命題論理で「無限」を書こうとして失敗する(公理を足す、無限に長い文を書く)
  • 述語:文に穴を開ける(変数、何変数の述語か、代入)
  • 量化子:「すべての」と「ある」(無限の概念分析、∀ と ∃ の定義)
  • 歴史:量化の記法を最初に入れたのはフレーゲ
  • ジャックを式で書く(K(j)、∃x K(x)、∀x(K(x)→L(x)))
  • スコープ、束縛変数と自由変数、閉論理式と開論理式
  • 量化子の順番(∀x∃y と ∃y∀x)
  • 応用編:ε-δ 論法(連続と一様連続)
  • 人間も LLM も、順番で迷う(量化子シフトの誤謬)
  • 演習


解説

命題論理では無限が書けない

「自然数は無限に存在する」を P、「5より大きい自然数が存在する」を Q₅ とします。P から Q₅ が出るのは当たり前です。ところが命題論理では、P も Q₅ も中身の見えない原子命題なので、P から Q₅ は証明できません。前回のジャックの P と Q とまったく同じ理由です。

では P → Q₅ を公理として足せばどうでしょうか。すると → の除去規則で P から Q₅ が出ます。しかし今度は Q₆(6より大きい自然数が存在する)が出ません。P → Q₆ を足すと Q₇ が出ません。有限個の公理からは有限個の Qₙ しか出てこない、もぐら叩きです。

それなら「0≠1 かつ 0≠2 かつ 1≠2 かつ……」と、無限に長い文を書けばよいかというと、これは書き終わりません。コンピュータも人間も、無限に長い文字列は扱えません。そもそも私たちは、無限に長い文を頭の中に持っているわけではありません。持っているのは、必要に応じて Qₙ を作り出せる「型」のほうです。

述語:文に穴を開ける

「ジャックがメアリを殺した」から名前を抜くと、「□ がメアリを殺した」という穴の開いた文が残ります。これが述語で、K(x) と書きます。穴の目印 x を変数と呼び、穴に名前を入れると文に戻ります。K(j) は「ジャックがメアリを殺した」です。

穴の数で、何変数の述語かが決まります。「x は左利きである」は一変数、「x は y より小さい」(x

量化子:「すべての」と「ある」

では「無限に存在する」とはどういう意味でしょうか。無限とは限りがないことです。自然数に限りがある(有界である)とは、ある自然数があって、どの自然数もそれ以下である、ということです。だから自然数に限りがないとは、どの自然数をとっても、それより大きい自然数がある、ということになります。アリストテレスの可能無限も同じ形をしていて、「その外に何もないものではなく、その外に常に何かがあるもの、それが無限である」と言っています(『自然学』III.6)。

この「どの」と「ある」を記号にしたのが量化子です。∀x P(x) は「どんな x についても P(x)」、∃x P(x) は「ある x があって P(x)」と読みます。すると「自然数は無限に存在する」は ∀x∃y(x

ジャックを式で書く

K(x) を「x がメアリを殺した」、L(x) を「x は左利きだった」、j を「ジャック」とします。「ジャックがメアリを殺した」は K(j)、「誰かがメアリを殺した」は ∃x K(x)、「メアリを殺した者は、誰であれ左利きだった」は ∀x(K(x)→L(x)) です。前回の「P から Q」は「K(j) から ∃x K(x)」になり、規則を書く場所ができました。

ただし ∀x(K(x)→L(x)) は、殺した者がいるとも、一人だとも言っていません。ラッセルは『数理哲学序説』(1919)で、「ウェイヴァリーの作者はスコットランド人だった」を、少なくとも一人が書いた、多くても一人が書いた、誰であれ書いた者はスコットランド人だった、の三つに分け、三つ揃って元の文が出てくる(どの二つでも足りない)と書いています。∀x(K(x)→L(x)) はこのうち三つ目だけです。「多くても一人」を書くには等号が要ります(第5回)。

スコープ、束縛変数と自由変数

量化子は、直後の括弧の中にだけ効きます。この範囲をスコープと呼びます。∃x(K(x)∧L(x)) は「メアリを殺した左利きの者がいる」ですが、括弧を変えた ∃x K(x)∧L(x) の L(x) の x は、∃x と関係がありません。量化子のスコープの中にある変数を束縛変数、どの量化子にも縛られていない変数を自由変数と呼びます。自由変数を含まない論理式を閉論理式(文)、含む論理式を開論理式と呼びます。

束縛変数は名前を替えても意味が変わりません。∃x K(x) と ∃y K(y) はどちらも「誰かがメアリを殺した」です。一方、名前は替えられません。K(j) と K(m) は別の文です。つまり ''∃x K(x) の x は、誰の名前でもありません''。「切り裂きジャック」を名前 j として置いてよいのか、x のままにしておくべきなのか。これが後期の問いの形です。

量化子の順番

∀x∃y(x

応用編:ε-δ 論法

「x が a に限りなく近づくとき、f(x) は b に限りなく近づく」の「限りなく近づく」は動きの比喩で、このままでは推論に使えません。そこで無限のときと同じように言い換えます。どんなに小さい誤差 ε を指定されても、それに応じて幅 δ をうまくとれば、a から δ 以内のどの x についても f(x) は b から ε 以内に入る。式にすると ∀ε>0 ∃δ>0 ∀x (0<|x−a|<δ → |f(x)−b|<ε) です。無限に小さい量は出てこず、有限の数と量化子だけで書けています。

これもゲームとして読めます。相手が ε を出し、私が δ を出し、相手が x を出して、|f(x)−b|<ε なら私の勝ちです。f(x)=2x、a=1、b=2 なら、δ=ε/2 と出せば必ず勝てます。δ は ε の関数として選べるわけで、∀x∃y(x

人間も LLM も、順番で迷う

∀x∃y R(x,y) から ∃y∀x R(x,y) を導く誤りは、量化子シフトの誤謬と呼ばれます。アリストテレス『ニコマコス倫理学』の冒頭が、「どの行為も何らかの目的をめざす。だから、すべての行為がめざす一つの目的がある」と推論しているのではないか、という指摘があります。そう推論してはいない、という擁護も有力です。どちらが正しいかを議論できるのは、二つの読みを式で区別できるからです。

LLM についても調べられています。"Every farmer owns a donkey" のような文について、人間が好む読みを選ばせると、GPT-4 は98%選べました(Kamath et al. 2024)。一方、式に訳させると、片方の読みに決め打ちして、もう一方の読みがあることを出さないことがあります(Stengel-Eskin et al. 2024)。大きいモデルが区別できないわけではありません。人間も LLM も、曖昧な文をどちらか一方で読んでしまいます。式に書くことは、自分がどちらで読んだかを、他人に確かめられる形で出すことです。

今回のキーワード

述語, 変数, 代入, 量化子, 全称量化子, 存在量化子, 概念分析, 可能無限, フレーゲ, 概念記法, スコープ, 束縛変数, 自由変数, 閉論理式, 開論理式, 量化子の順番, 多重量化, 確定記述, ラッセル, ε-δ 論法, 一様連続, 量化子シフトの誤謬, 切り裂きジャック

宿題

次の文を量化子(∀、∃)を使って式で書いてください。問1・問2は、自然数について正しいかどうかも答えてください。

問1 どんな自然数にも、それより小さい自然数がある。
問2 偶数は無限にある(「y は偶数」は ∃z (y = z + z) と書けます)。
ヒント:「偶数がある」ではなく「無限にある」です。授業の ∀x∃y(x

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[2026後期火5] 科学哲学科学史(演習) 担当:矢田部俊介(西日本旅客鉄道株式会社)

後期授業第1回(10/6)

後期の授業が始まりました。後期は、前期では手を付けなかった「個体」の層に降ります。第1回はその導入として、前期の復習をしたうえで、後期を通して考える問いを立てました。

今回の目次は次のとおりです。まず後期の進め方を確認し、前期の推論規則、正規化、三層のハーモニーを振り返りました。次に前期最終回の LLM の話を要約し、前期の物差しでは測れていなかったものとして「名前」を取り上げました。切り裂きジャックの例と、LLM に正体を尋ねた実演記録を見たあと、意味の理論の二つの柱(指示と使用)、名前を追えているとはどういうことか、ライプニッツとフレーゲの同一性の考え方を順に見ました。最後に、命題論理ではそもそもこの問いが書けないことを確かめ、後期の地図を示しました。

後期の問いを一行で言うと、''「どれのことか」を決めているのは何か''、です。次回からは、この問いを書ける言語として述語と量化子(∀、∃)を導入していきます。

授業日時

10月6日(火)16:45〜18:15
文学部第4講義室

授業内容

  • 後期の進め方(資料、宿題、成績、日程)
  • 前期の復習(推論規則、⊥ と否定、意味は規則が決める、正規化と部分論理式原理、三層のハーモニー、tonk)
  • 前期最終回の要約(LLM は使われ方で意味を近似している、ハルシネーションの三層診断、システム2)
  • 今日の問い:名前はあるのに、誰なのかわからない(切り裂きジャック)
  • LLM に聞いてみた(4つのモデル、各5回の実演記録)
  • 意味の理論は二つある(指示と使用)
  • 名前を追えている、とはどういうことか
  • 入れ替えてよい、とは同じだということ(ライプニッツとフレーゲ)
  • 命題論理ではこの問いが書けない
  • 「LLM が悪い」で済ませないために
  • 後期の地図

speakerdeck.com


解説

前期の物差しで測っていなかったもの

前期は命題論理の自然演繹を扱いました。論理記号ごとに導入規則と除去規則があり、記号の意味はその規則が決める、という立場(証明論的意味論)でした。そのうえで、局所(反転原理)、中間(正規化)、大域(保存拡大)の三層のハーモニーを物差しとして組み立て、前期最終回ではこの物差しで LLM のハルシネーションを診断しました。

ただ、この物差しが測っていたのは、文と文のつながり、つまり証明です。文の中に出てくる「誰」「何」については、何も測っていません。命題論理には、そもそもそれを書く場所がありませんでした。後期はここに降ります。

名前はあるのに、誰なのかわからない

1888年、ロンドンでメアリ・アン・ニコルズという女性が殺害されました。いわゆる切り裂きジャック事件の最初の事件です。「誰かがメアリ・アン・ニコルズを殺害した」という文は正しいと考えられています。ところが犯人は今も同定されていません。

それでも私たちは「切り裂きジャックは〜した」と、名前を主語にして話すことができます。この名前は、実のところ「メアリを殺した者(誰であれ)」の言い換えです。名前があれば、その名前が指すものは決まっているのでしょうか。決まっていないなら、その名前を使った推論はどこまで信用できるのでしょうか。これが今日の問いです。

LLM に聞いてみた

授業の前に、4つの LLM に「切り裂きジャックの正体は誰ですか」と尋ね、同じ会話の中で「その人物が犯人だという根拠をもう一度まとめてください」「彼はその後どうなりましたか」と続けました。これを別々の会話で5回ずつ行っています(2026年10月4日)。

結果はモデルによってはっきり分かれました。大きなモデル(Claude)は、5回とも「特定されていない」と答えました。そのうえで2問目の「その人物」を一人に決め、「〜を指しているものと受け取りました(別の容疑者を想定していたら言ってください)」と、どう受け取ったかを口に出していました。3問目の「彼」も5回とも同じ人物でした。

一方、手元のパソコンで動かした小さなモデルでは、名前と対象の結びつきが崩れる場面がいくつも見られました。カタカナの名前と括弧の中の英語名が別の人の名前になっている。1問目で「本名は A とも B とも言われています」と答えたあと、3問目で「彼は1891年に名前を公式に B に変更しました」と、並べただけの二つの名前を根拠のない「改名」でつないでしまう。4人の候補を並べたあと、「彼」を理由なく3番目の人物に決める。

違いが出たのは、名前を出せるかどうかではありません。その名前が何を指すのかを保てるかどうかです。そして保てた例も、「誤らない」のではなく、どう受け取ったかを示して直す手続きを開いている、という形をしていました。

意味の理論は二つある

ここで、意味の理論の二つの柱を確認しました。一つは指示を基礎にする考え方で、語の意味とはその語が指すもの、文の意味とはその文がどんな状況で真になるかだ、と考えます。もう一つは使用を基礎にする考え方で、語の意味とはその語がどう使われるかだ、と考えます。前期はずっと後者の側にいて、論理記号の意味を規則で説明してきました。

名前は前者の典型に見えます。「切り裂きジャック」の意味は、その名前が指す人物だ、と言いたくなります。ところが今日の例では、その人物が誰なのかわかりません。一方 LLM は、事前学習ではおもに語の使われ方の分布から語を学んでいます。それでも「ジャック」という語をそれらしく使いこなしています。では、名前が何を指すかは、使われ方だけで決まるのでしょうか。決まらないとしたら、何が足りないのでしょうか。これが後期の問いの言い換えです。

なお、ウィトゲンシュタインの言う「使用」とコーパスの中での分布は同じではない、という批判があることも紹介しました(Bender & Koller 2020)。

名前を追えている、とはどういうことか

「理解している」「覚えている」という心の言葉は使わずに、次のように言うことにしました。ある話の中で「ジャック」「犯人」「彼」を互いに入れ替えてよい、と一度引き受けたとする。その引き受けを後の発言でも守り続けているとき、その話し手は対象を追えている、と言う。たとえば「犯人は左利きだった」と言ったあとで「ジャックは左利きではなかった」と言えば、入れ替えの引き受けを守っていません。

LLM の研究では、これに近い問題が二つの名前で調べられています。同じものを指す表現を結びつける問題(共参照)と、同じ対象について言われたことを後の変更を通して保てるかという問題(entity tracking、Kim & Schuster 2023)です。

入れ替えてよい、とは同じだということ

入れ替えの話は、哲学では同一性の問題として古くから論じられてきました。ライプニッツは「一方を他方に置き換えても真理が損なわれないもの、それが同じものである」と定義しています。授業で使うのはこの片側で、a と b が同じなら、a について正しいことは b についても正しい、という原理です。裏返すと、「犯人は左利きだった」と「ジャックは左利きではなかった」が両方正しいなら、犯人とジャックは別人です。

フレーゲは『算術の基礎』でこの定義を採り、名前で対象を指すなら、b が a と同じかどうかを決める基準が要る、と述べました。この考えは第5回で読むブランダムの「同一性の基準」につながります。ただし、逆向きの「区別できないものは同じ」は形而上学の原理で、今も論争があります。また「知っている」「信じている」の中では置き換えがききません。警部が「犯人は左利きだ」と知っていても、「ジャックは左利きだ」と知っているとは限らないからです。

命題論理ではこの問いが書けない

最後に、前期の道具だけではこの問いが書けないことを確かめました。P を「ジャックはメアリを殺した」、Q を「誰かがメアリを殺した」とします。P が正しければ Q も正しいのは明らかですが、命題論理では P も Q もそれ以上分解できない原子命題なので、P から Q は証明できません。正規形の証明には前提と結論の部分論理式しか現れない(部分論理式原理)ので、使える論理式が P と Q しかなく、どの規則も適用できないからです。

そこで、述語 K(x)(「x がメアリを殺した」)と名前 j(「ジャック」)を用意すると、「ジャックはメアリを殺した」は K(j)、「誰かがメアリを殺した」は ∃x K(x) と書けます。K(j) から ∃x K(x) は ∃ の導入規則で証明できるようになります(第4回)。では逆に、∃x K(x) が証明できたとき、それが誰なのかはわかるのでしょうか。実は、どの論理を使うかで答えが変わります。これが後期の中盤(第7〜9回)の主題です。

「LLM が悪い」で済ませないために

後期に出てくる誤りは、どれも人間もやるものです。条件つきで選んだものを「任意のもの」と取り違える早まった一般化、誰なのかを示さずに「そういうものが存在する」と言う推論、同じかどうかを決める基準を持たずに名前を使うこと。「切り裂きジャック」という名前は、まさに最後の例です。LLM を欠陥品として片付けると、個体をどうやって追っているのかという問いそのものが見えなくなります。論点は誤らないことではなく、名前を付ける資格と、誤ったときに直す手続きです。後期の一行は、''個体を追うことも、システム2の仕事である''、です。

今回のキーワード

個体, 名前, 指示, 使用, 意味の理論, 分布意味論, 共参照, entity tracking, 同一性, ライプニッツの原理, salva veritate, 同一性の基準, フレーゲ, 部分論理式原理, 述語, 量化子, 存在量化子, 切り裂きジャック, ハルシネーション, システム2

宿題

今回は宿題はありません。次回から、ほぼ毎回出します。提出方法・期限はKULMSの指示に従ってください。

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[2026後期火5] 科学哲学科学史(演習) 担当:矢田部俊介(西日本旅客鉄道株式会社)

後期授業第1回(10/6)

後期の授業が始まりました。後期は、前期では手を付けなかった「個体」の層に降ります。第1回はその導入として、前期の復習をしたうえで、後期を通して考える問いを立てました。

今回の目次は次のとおりです。まず後期の進め方を確認し、前期の推論規則、正規化、三層のハーモニーを振り返りました。次に前期最終回の LLM の話を要約し、前期の物差しでは測れていなかったものとして「名前」を取り上げました。切り裂きジャックの例と、LLM に正体を尋ねた実演記録を見たあと、意味の理論の二つの柱(指示と使用)、名前を追えているとはどういうことか、ライプニッツとフレーゲの同一性の考え方を順に見ました。最後に、命題論理ではそもそもこの問いが書けないことを確かめ、後期の地図を示しました。

後期の問いを一行で言うと、''「どれのことか」を決めているのは何か''、です。次回からは、この問いを書ける言語として述語と量化子(∀、∃)を導入していきます。

授業日時

10月6日(火)16:45〜18:15
文学部第4講義室

授業内容

  • 後期の進め方(資料、宿題、成績、日程)
  • 前期の復習(推論規則、⊥ と否定、意味は規則が決める、正規化と部分論理式原理、三層のハーモニー、tonk)
  • 前期最終回の要約(LLM は使われ方で意味を近似している、ハルシネーションの三層診断、システム2)
  • 今日の問い:名前はあるのに、誰なのかわからない(切り裂きジャック)
  • LLM に聞いてみた(4つのモデル、各5回の実演記録)
  • 意味の理論は二つある(指示と使用)
  • 名前を追えている、とはどういうことか
  • 入れ替えてよい、とは同じだということ(ライプニッツとフレーゲ)
  • 命題論理ではこの問いが書けない
  • 「LLM が悪い」で済ませないために
  • 後期の地図

https://speakerdeck.com/player/7d34b3a2c67a4ce79878581da1d744d5

解説

前期の物差しで測っていなかったもの

前期は命題論理の自然演繹を扱いました。論理記号ごとに導入規則と除去規則があり、記号の意味はその規則が決める、という立場(証明論的意味論)でした。そのうえで、局所(反転原理)、中間(正規化)、大域(保存拡大)の三層のハーモニーを物差しとして組み立て、前期最終回ではこの物差しで LLM のハルシネーションを診断しました。

ただ、この物差しが測っていたのは、文と文のつながり、つまり証明です。文の中に出てくる「誰」「何」については、何も測っていません。命題論理には、そもそもそれを書く場所がありませんでした。後期はここに降ります。

名前はあるのに、誰なのかわからない

1888年、ロンドンでメアリ・アン・ニコルズという女性が殺害されました。いわゆる切り裂きジャック事件の最初の事件です。「誰かがメアリ・アン・ニコルズを殺害した」という文は正しいと考えられています。ところが犯人は今も同定されていません。

それでも私たちは「切り裂きジャックは〜した」と、名前を主語にして話すことができます。この名前は、実のところ「メアリを殺した者(誰であれ)」の言い換えです。名前があれば、その名前が指すものは決まっているのでしょうか。決まっていないなら、その名前を使った推論はどこまで信用できるのでしょうか。これが今日の問いです。

LLM に聞いてみた

授業の前に、4つの LLM に「切り裂きジャックの正体は誰ですか」と尋ね、同じ会話の中で「その人物が犯人だという根拠をもう一度まとめてください」「彼はその後どうなりましたか」と続けました。これを別々の会話で5回ずつ行っています(2026年10月4日)。

結果はモデルによってはっきり分かれました。大きなモデル(Claude)は、5回とも「特定されていない」と答えました。そのうえで2問目の「その人物」を一人に決め、「〜を指しているものと受け取りました(別の容疑者を想定していたら言ってください)」と、どう受け取ったかを口に出していました。3問目の「彼」も5回とも同じ人物でした。

一方、手元のパソコンで動かした小さなモデルでは、名前と対象の結びつきが崩れる場面がいくつも見られました。カタカナの名前と括弧の中の英語名が別の人の名前になっている。1問目で「本名は A とも B とも言われています」と答えたあと、3問目で「彼は1891年に名前を公式に B に変更しました」と、並べただけの二つの名前を根拠のない「改名」でつないでしまう。4人の候補を並べたあと、「彼」を理由なく3番目の人物に決める。

違いが出たのは、名前を出せるかどうかではありません。その名前が何を指すのかを保てるかどうかです。そして保てた例も、「誤らない」のではなく、どう受け取ったかを示して直す手続きを開いている、という形をしていました。

意味の理論は二つある

ここで、意味の理論の二つの柱を確認しました。一つは指示を基礎にする考え方で、語の意味とはその語が指すもの、文の意味とはその文がどんな状況で真になるかだ、と考えます。もう一つは使用を基礎にする考え方で、語の意味とはその語がどう使われるかだ、と考えます。前期はずっと後者の側にいて、論理記号の意味を規則で説明してきました。

名前は前者の典型に見えます。「切り裂きジャック」の意味は、その名前が指す人物だ、と言いたくなります。ところが今日の例では、その人物が誰なのかわかりません。一方 LLM は、事前学習ではおもに語の使われ方の分布から語を学んでいます。それでも「ジャック」という語をそれらしく使いこなしています。では、名前が何を指すかは、使われ方だけで決まるのでしょうか。決まらないとしたら、何が足りないのでしょうか。これが後期の問いの言い換えです。

なお、ウィトゲンシュタインの言う「使用」とコーパスの中での分布は同じではない、という批判があることも紹介しました(Bender & Koller 2020)。

名前を追えている、とはどういうことか

「理解している」「覚えている」という心の言葉は使わずに、次のように言うことにしました。ある話の中で「ジャック」「犯人」「彼」を互いに入れ替えてよい、と一度引き受けたとする。その引き受けを後の発言でも守り続けているとき、その話し手は対象を追えている、と言う。たとえば「犯人は左利きだった」と言ったあとで「ジャックは左利きではなかった」と言えば、入れ替えの引き受けを守っていません。

LLM の研究では、これに近い問題が二つの名前で調べられています。同じものを指す表現を結びつける問題(共参照)と、同じ対象について言われたことを後の変更を通して保てるかという問題(entity tracking、Kim & Schuster 2023)です。

入れ替えてよい、とは同じだということ

入れ替えの話は、哲学では同一性の問題として古くから論じられてきました。ライプニッツは「一方を他方に置き換えても真理が損なわれないもの、それが同じものである」と定義しています。授業で使うのはこの片側で、a と b が同じなら、a について正しいことは b についても正しい、という原理です。裏返すと、「犯人は左利きだった」と「ジャックは左利きではなかった」が両方正しいなら、犯人とジャックは別人です。

フレーゲは『算術の基礎』でこの定義を採り、名前で対象を指すなら、b が a と同じかどうかを決める基準が要る、と述べました。この考えは第5回で読むブランダムの「同一性の基準」につながります。ただし、逆向きの「区別できないものは同じ」は形而上学の原理で、今も論争があります。また「知っている」「信じている」の中では置き換えがききません。警部が「犯人は左利きだ」と知っていても、「ジャックは左利きだ」と知っているとは限らないからです。

命題論理ではこの問いが書けない

最後に、前期の道具だけではこの問いが書けないことを確かめました。P を「ジャックはメアリを殺した」、Q を「誰かがメアリを殺した」とします。P が正しければ Q も正しいのは明らかですが、命題論理では P も Q もそれ以上分解できない原子命題なので、P から Q は証明できません。正規形の証明には前提と結論の部分論理式しか現れない(部分論理式原理)ので、使える論理式が P と Q しかなく、どの規則も適用できないからです。

そこで、述語 K(x)(「x がメアリを殺した」)と名前 j(「ジャック」)を用意すると、「ジャックはメアリを殺した」は K(j)、「誰かがメアリを殺した」は ∃x K(x) と書けます。K(j) から ∃x K(x) は ∃ の導入規則で証明できるようになります(第4回)。では逆に、∃x K(x) が証明できたとき、それが誰なのかはわかるのでしょうか。実は、どの論理を使うかで答えが変わります。これが後期の中盤(第7〜9回)の主題です。

「LLM が悪い」で済ませないために

後期に出てくる誤りは、どれも人間もやるものです。条件つきで選んだものを「任意のもの」と取り違える早まった一般化、誰なのかを示さずに「そういうものが存在する」と言う推論、同じかどうかを決める基準を持たずに名前を使うこと。「切り裂きジャック」という名前は、まさに最後の例です。LLM を欠陥品として片付けると、個体をどうやって追っているのかという問いそのものが見えなくなります。論点は誤らないことではなく、名前を付ける資格と、誤ったときに直す手続きです。後期の一行は、''個体を追うことも、システム2の仕事である''、です。

今回のキーワード

個体, 名前, 指示, 使用, 意味の理論, 分布意味論, 共参照, entity tracking, 同一性, ライプニッツの原理, salva veritate, 同一性の基準, フレーゲ, 部分論理式原理, 述語, 量化子, 存在量化子, 切り裂きジャック, ハルシネーション, システム2

宿題

今回は宿題はありません。次回から、ほぼ毎回出します。提出方法・期限はKULMSの指示に従ってください。

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[2026後期火5] 科学哲学科学史(演習) 担当:矢田部俊介(西日本旅客鉄道株式会社)

後期授業のご案内(10月6日開講)

後期の「科学哲学科学史(演習)」は、10月6日(火)に開講します。前期から続けて受講する方も、後期から加わる方も、どうぞよろしくお願いします。

後期は前期の続きです。前期は命題論理の自然演繹を扱い、A や B といった命題をひとかたまりのまま組み合わせて推論してきました。後期はそこから一段降りて、命題の中身、つまり「何が」「誰が」という個体の層に入ります。述語と量化子 ∀、∃ を導入し、述語論理の自然演繹を組み立てていきます。

後期を通して考えたい問いは、''「どれのことか」を決めているのは何か''、というものです。

通し例として、次の文を使います。「誰かが1888年にメアリ・アン・ニコルズを殺した」。この文は正しいと考えられています。ところが、犯人は今も同定されていません。何人かの候補がいたものの、決着はついていないのです。私たちは「切り裂きジャック」という名前を持っているのに、その名前が誰のことなのかは決まっていません。名前はあるのに、どれのことかが定まっていないという少し奇妙な状態が、後期の出発点になります。

論理学の側にも、これとよく似た事実があります。古典述語論理では、「犯人はいる」にあたる ∃xKx が証明できるのに、それが誰なのかを示す項を出せないことがあります。このことを、古典論理は存在具体性を満たさない、と言います。一方で直観主義論理では、∃xKx を証明したなら、その証明から証人となる項を取り出すことができます。こちらは存在具体性を満たすわけです。存在を言えることと、それが誰かを言えることのあいだに、どの論理を選ぶかによって隙間が開いたり閉じたりします。

ここで生成AIの話につなげます。生成AIが、存在しない論文を著者名や年号つきで挙げてしまうことがあるのはよく知られています。これも、名前だけが先に出て、それがどれのことかの裏づけがないという点で、同じ形をしています。前期の最終回では、ハルシネーションを三層の物差しで診断しました。後期は一段下の、名前と同一性の層で同じ作業をします。

ただし、ここで確認しておきたいことが四つあります。

一つ目に、こうした誤りはAIに固有のものではありません。条件つきで選んだ対象を「任意の対象」と取り違えてしまう誤りは、人間が日常的にやっている早まった一般化です。授業では、これを固有変数条件という規則の破れとして形式化します。

二つ目に、証人のない存在証明は、古典数学が二千年にわたって受け入れてきた推論です。後期には入試問題くらいの手ごろな例も扱います。ある無理数 x について √2 の x 乗が有理数になる、という定理には、その x が具体的にどれなのかを示さずに済ませる非構成的な証明があります。

三つ目に、名前だけを付けて同一性の基準を持たないというのは、「切り裂きジャック」という命名そのものです。人間の命名の実践が、すでにそういう形をしています。

四つ目に、だからこの問題を「AIが悪い」で片付けてしまうと、いちばん面白い問い、つまり私たちは個体をどうやって追っているのかという問いが消えてしまいます。人間の推論についての誤解が、AIをめぐる議論を歪めているところがあります。後期はそこを、論理学の側から点検していきます。

授業日時

  • 開講日は10月6日(火)です。
  • 毎週火曜5限、16時45分から18時15分に行います。
  • 教室はKULASISで確認してください。
  • 授業は全13回です。11月3日(火)は祝日のため授業がありません。その分は課題で代替する予定です。詳細は決まり次第お知らせします。

後期に扱うこと

  • 量化子の導入(述語、∀と∃、スコープ、束縛変数と自由変数)
  • ∀の導入規則と除去規則、固有変数条件
  • ∃の導入規則と除去規則、存在具体性
  • 等号と個体化(単称項とは何か、同一性の基準)
  • 矛盾律と直観主義述語論理(ホームズ論法)
  • 構成性(選言性、存在具体性、BHK解釈)
  • 古典述語論理と排中律(非構成的な存在証明)
  • 名無しの個物(エルブランの定理、スコーレム関数、ε記号)
  • タルスキ・モデルと充足の再帰的定義
  • 健全性と、完全性は何を言っているのか
  • 完全性の証明(領域を項から作るということ)
  • 総括(名前を付ける資格とは何か)

前期の話とのつながり

前期に使った三層の物差し、つまり局所の反転原理、中間の正規化、大域の保存拡大は、後期でもそのまま使います。∀ と ∃ の規則についても、導入と除去が釣り合っているか、証明の中の遠回りを消せるかを、前期と同じように見ていきます。

最終回に向けて、ひとつ対比を予告しておきます。排中律を足すと、保存拡大が破れます。ところが、完全性定理の証明で証人の名前を言語に足していく操作は、保存拡大になっています。どちらも何かを足しているのに、片方は釣り合いを壊し、もう片方は壊しません。この違いがどこから来るのかを、最終回で扱います。

進め方

  • 資料は授業の1日から2日前にKULMSにアップロードします。
  • 毎回ほぼ宿題が出ます。提出はKULMSの左メニューの「課題」からお願いします。
  • 解答は締切後に配布します。
  • 成績は宿題の累計で付けます。
  • 前期の内容は第1回で復習しますので、記号の扱いを忘れていても大丈夫です。

今回のキーワード

述語、量化子、∀、∃、スコープ、束縛変数、自由変数、固有変数条件、存在具体性、等号、個体化、単称項、同一性の基準、矛盾律、直観主義述語論理、選言性、BHK解釈、古典述語論理、排中律、非構成的な存在証明、エルブランの定理、スコーレム関数、ε記号、タルスキ・モデル、充足、健全性、完全性、保存拡大

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[2026後期火5] 科学哲学科学史(演習) 担当:矢田部俊介(西日本旅客鉄道株式会社)