第3回は、∀ の導入規則と除去規則を入れました。前回は述語と量化子を導入し、式が読めて書けるところまで進みました。今回から、その式を証明する規則を足していきます。
今回の目次は次のとおりです。まず、前期の最小命題論理の推論規則を確認し、そこに量化子の規則を足したものが最小述語論理である、という全体の形を見ました。前回の要約と宿題の答え合わせのあと、中学校の証明とバークリの三角形の議論から「任意の x をとる」の意味を考え、∀ の導入規則と除去規則を定義しました。そのうえで固有変数条件を入れ、条件を破った証明と守った証明を並べました。最後に、∀ が無限連言の役をすること、条件が導入と除去を釣り合わせるためにあること、特別な例で一般化する誤りは人間にも LLM にも出ることを見ました。
今回の要点は、∀ を導入してよいのは、その変数について何も仮定していないときに限る、ということです。これが固有変数条件で、数学の「勝手に x をとる」の「勝手に」を記号で言い直したものです。次回は ∃ の規則に進みます。∃ の除去にも固有変数条件が出てきます。
授業日時
10月20日(火)16:45〜18:15
文学部第4講義室
授業内容
- 出発点:最小命題論理の8規則に量化子の規則を足すと最小述語論理になる
- 前回の要約と宿題の答え合わせ
- 数学の「すべての」(中学校の証明、バークリの三角形)
- ∀ の導入規則と除去規則(前回の Q[5] を ∀E で出す、ジャックの例、代入の注意)
- 固有変数条件(条件を破った証明、ジャックで同じ失敗をする、用語の由来)
- 条件を守った証明(先にキャンセルしてから ∀I、例題2つ、ダミー変数)
- 無限連言としての ∀(縮約)
- 三層で見る:条件は何のためにあるか
- 人間も LLM も、特別な例で一般化する
- 演習
解説
最小命題論理に量化子の規則を足す
前期に作った体系は最小命題論理でした。→ の導入と除去、∧ の導入と二つの除去、∨ の二つの導入と除去の、全部で8規則です。⊥ には規則がなく、¬A は A→⊥ の略記でした。⊥ から何でも出す規則(矛盾律)が入っていないので「最小」と呼びます。
後期はこの8規則を一つも変えずに使います。変わるのは、A や B に述語や量化子を含む式(K(x)、∀x L(x) など)を入れてよくなることと、量化子の規則が足されることだけです。今回の ∀ の2規則と、次回の ∃ の2規則を足したものが最小述語論理です。その先で矛盾律を足すと直観主義述語論理(第6回)、さらに排中律を足すと古典述語論理(第8回)になります。前期と同じく、規則を一つ足すたびに何が新しく証明できるようになったかを見ていきます。
数学の「すべての」
中学校で「どんな自然数 x についても、x が偶数ならば x+1 は奇数である」を証明するときは、次のようにします。自然数 x を、何の条件もつけずに勝手に一つとります。x が偶数だと仮定すると、x=2k と書けるので x+1=2k+1 は奇数です。ここで仮定を外して「x が偶数ならば x+1 は奇数」とし、x は勝手にとったのだから、どんな x についてもそうだ、と結論します。最後の一歩が ∀ の導入で、その根拠は「何の条件もつけずに」だけです。
一つの例で証明したのに、なぜ全部について言えるのでしょうか。バークリは『人知原理論』(1710)の序論§16で、三角形について同じ問いを立てています。証明のあいだ思い浮かべているのが、辺の長さの決まった直角二等辺三角形であっても、その証明はあらゆる三角形に及ぶ。直角であることも、辺が等しいことも、辺の長さも、証明にまったく関わっていないからだ、というのがバークリの答えです。特定のものを思い浮かべていてよく、その特別な性質を証明に使っていなければ全部について言える。これを証明の規則として書いたのが、今回の固有変数条件です。
逆向きは簡単です。どんな x についても x=x なら、0=0 です。すべてについて言えることは、一つについても言えます。こちらが ∀ の除去です。
∀ の導入規則と除去規則
∀ の導入規則(∀I)は、A[x] が証明できたら ∀x A[x] を結論してよい、という規則です。ただし固有変数条件がつきます。除去規則(∀E)は、∀x A[x] から、x に好きな項 t を入れた A[t] を結論してよい、という規則です。
∀E を使うと、前回やり残した推論がすぐにできます。「自然数は無限に存在する」∀x∃y(x
固有変数条件
固有変数条件は、∀I で A[x] から ∀x A[x] を出してよいのは、A[x] が依存しているまだキャンセルされていない仮定に、x が自由変数として出てこないときに限る、というものです。x について何も仮定していない、つまり x は本当に勝手にとったものだ、ということを記号で言っています。キャンセル済みの仮定は数えません。
条件がないとどうなるかを見ます。仮定 (x=0)∧(y=0) から ∧E で x=0 を出し、そこで ∀I をかけると ∀x(x=0) になります。最後に仮定を →I で外すと、「x=0 かつ y=0 ならば、すべての自然数は 0 である」が証明できてしまいます。x と y に 0 を入れると、前提は真で結論は偽です。悪いのは ∀I をかけた時点で、仮定 (x=0)∧(y=0) がまだキャンセルされていなかったことです。そこに x が入っているので、x は「勝手にとった」ものではなく「0 だととった」ものでした。
ジャックでも同じ失敗ができます。犯人として x を一人とり(仮定 K(x))、∀x(K(x)→L(x)) と →E で L(x) を出し、そこで ∀I をかけると ∀x L(x)「全員が左利きだった」になります。犯人について調べていたはずが、ロンドン中の人について言ってしまいました。x には「メアリを殺した」という条件がついていて、その仮定がまだキャンセルされていないからです。
点検の手順は単純です。∀I をかける線から上へたどり、キャンセルの印がまだついていない仮定を拾います。その中に x が自由に出ていたら、∀I はかけられません。
用語についても触れました。自然演繹を作ったゲンツェンの論文(1935)では、∀I で使う自由変数が Eigenvariable と呼ばれています。eigen は「固有の」「自分専用の」という意味です。ゲンツェン自身は条件のほうを Variablenbedingung(変数条件)と呼んでいて、日本語でも「固有変数条件」とも「変数条件」とも言います。
条件を守った証明
条件を守るには、仮定を →I で外してから一般化します。(x=0)∧(y=0) から x=0 を出したら、先に →I で仮定をキャンセルして (x=0)∧(y=0)→x=0 とし、それから ∀I をかけます。結論は「どんな x でも、x=0 かつ y=0 ならば x=0」で、当たり前に正しい文です。固有変数条件は「一般化するな」とは言っていません。「条件を結論に書き込んでから一般化せよ」と言っています。
例題として ∀x(A→B[x])→(A→∀x B[x])(A には x が出てこない)を証明しました。∀I をかけるところでまだキャンセルされていない仮定は ∀x(A→B[x]) と A の二つで、前者の x は束縛され、後者には x が出てこないので、条件を満たします。もう一つの例題 ∀x B[x]→∀y B[y] からは、前回約束として言った「束縛変数は名前を替えてもよい」が、規則から証明できることがわかります。また、y=0 から ∀x(y=0) のように、x が出てこない式にも ∀x をつけられます(ダミー変数)。仮定に x が出てこないので、条件は自動的に満たされます。
無限連言としての ∀
∀x φ(x) からは、φ(0)∧φ(1)∧φ(2) のような連言が証明できます。仮定 ∀x φ(x) から ∀E で φ(0)、φ(1)、φ(2) をそれぞれ出し、∧I でつなげばよいのです。どの n についても同じやり方で φ(0)∧…∧φ(n) が出ます。前回の「無限に長い文は書けない」への答えがここにあります。∀x φ(x) という有限の式が、どこまででも伸ばせる連言の役をしています。
このとき、同じ仮定 ∀x φ(x) が何か所にも出てきて、→I で一度にキャンセルされています。前期第4回の言葉でいえば縮約です。n までの連言なら、コピーは n+1 回で有限回です。必要なだけ何回でもコピーしてよい、という縮約の力が、∀ を無限連言のように働かせています。
三層で見る:条件は何のためにあるか
∀I のすぐ後に ∀E をかけるのは遠回りです。∀x A[x] を作ってすぐ t を入れるくらいなら、A[x] の証明の中の x を全部 t に置き換えれば、A[t] の証明が直接できます。前期の ∧ や → と同じ、局所のハーモニーです。
ところが条件を破っているとこの近道が壊れます。仮定 x=0 から ∀I で ∀x(x=0) を作り、∀E で 1 を入れて 1=0 を出したとします。近道にすると、仮定まで 1=0 に書き換わってしまいます。x が仮定に出てこなければ、x を t に置き換えても仮定は変わりません。固有変数条件は、遠回りを消せるようにするため、つまり ∀ の導入と除去を釣り合わせるためにあります。
人間も LLM も、特別な例で一般化する
前回の予告では「早まった一般化」と言いましたが、正確には違います。早まった一般化は、少なすぎる事例から全体を推す帰納の誤りです。固有変数条件の破れは、事例が一つでも百でも起きます。特別な例を、任意の例と取り違える誤りです。
人間の側の例として、「すべての三角形は二等辺三角形である」というよく知られた誤った証明があります。誤りは図にあって、ある交点が三角形の内側に来るように描いてありますが、それは仮定からは出てきません。図の特別な性質を証明に使ってしまっている、バークリの議論の裏返しです。
LLM についても、数学オリンピックの問題で証明を書かせた研究に、同じ形の答案が報告されています。一つの添字について示しただけで全ての添字について結論したもの、特定の多項式で示しただけで全ての多項式について結論したものです(Petrov et al. 2025)。証明の誤りを分類した別の研究は、いくつかの具体例から一般の結論を引き出す誤りを、独立の項目として立てています(Mahdavi et al. 2025)。人間の答案にも同じ形の誤りは出ます。違いは、点検する手順を持っているかどうかです。
今回のキーワード
最小命題論理, 最小述語論理, 全称量化子, ∀ の導入規則, ∀ の除去規則, 固有変数条件, 変数条件, Eigenvariable, ゲンツェン, バークリ, 代入, 変数の捕獲, ダミー変数, 束縛変数の名前替え, 無限連言, 縮約, 局所のハーモニー, 遠回りの除去, 特別な例からの一般化
宿題
次の論理式を、証明できる場合は自然演繹で証明してください。A には x が出てこないとします。
問1 (A∨∀x B[x])→∀x(A∨B[x])
問2 ∀x(F[x]→G[x])→∀x(G[x]→H[x])
問3 ∀x(F[x]→G[x])→(∀x(G[x]→H[x])→∀x(F[x]→H[x]))
証明できないと思う問は、どこで詰まるかを書いてください。∀I を使うたびに、固有変数条件を点検したことがわかるように書いてください。
エクストラ(解かなくても不利になりません):¬¬∀x B[x]→∀x ¬¬B[x]
ヒント:¬A は A→⊥ の略記です。¬B[x] と ∀x B[x] から ⊥ を出し、最後に ∀I をかけます。
解くのにかかった時間も書いてください。提出方法・期限はKULMSの指示に従ってください。
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[2026後期火5] 科学哲学科学史(演習) 担当:矢田部俊介(西日本旅客鉄道株式会社)