第10回では、tonkを作って壊し、「良い定義とは調和した規則のことだ」というところまで来ました。今回(第11回)は、その「調和(ハーモニー)」を、ぼんやりした標語ではなく数学的な条件として展開します。鍵になるのは、調和は一つの現象ではなく、ミクロ・中間・大域という三つのレベルの連鎖だ、という見方です。
三層とは、ミクロ(結合子1個を見る=反転原理)、中間(証明全体を見る=正規化)、大域(言語全体を見る=保存拡大)の三つです。今回はこの三層がどう繋がるか、そしてどこで切れるかを追いました。連鎖は「反転原理(ミクロ)⇒ 正規化(中間)⇒ 保存拡大(大域)」で、tonkは一番下のリンクで切れるので、上の二層もろとも自滅します。
さらに今回は一歩踏み込んで、「三つのハーモニーは、いつも揃って成り立つのか?」という問いを立てました。答えは「いいえ」です。古典論理やCookの体系のように、三層が一致しない例があります。次回(第12回)は、正規化のもう一つの顔として、カット除去と推件計算へ進む予定です。
授業日時
6月30日(火)16:45〜18:15
文学部第4講義室
授業内容
- 前回の回収:tonkを壊した「正体」を三層モデルとして定式化する
- 大域のハーモニー=保存拡大性(Belnap 1962)の定義
- 保存拡大性の落とし穴:正しいが「非操作的」/言語相対性
- ミクロのハーモニー=反転原理:ローレンツェンの「透明な窓」と許容可能性
- プラヴィッツの読み替え(1965):除去は導入を「既に含んでいる」
- ∧のカット&ペースト:1手で「戻せる」=「消せる」(還元前と還元後の証明図)
- 中間のハーモニー=正規化(真正のハーモニー)が三層を架橋する橋
- 連鎖まとめ:反転原理 ⇒ 正規化 ⇒ 保存拡大、tonkは最下層で折れる
- ダメットのハーモニー(1973a)と思想史(Lorenzen→Prawitz→Dummett)
- 意味の分子論:全体論と原子論の中間
- 三層は一致するとは限らない①:古典論理(正規化は成立、反転原理・保存拡大は破れる)
- 三層は一致するとは限らない②:早見表と散布図(古典論理とCookは鏡像)
- 発展:tonkは本当に死んだか?(Cook 2005)
- ふたたびLLMへ:ハルシネーションの三層診断/まとめ/演習
解説
「良い規則」とは何か——三層モデルへ
前回(第10回)は、tonkを作って壊し、「良い定義とは調和した規則のことだ」というところまで来ました。今回はその「調和(ハーモニー)」を、数学的な条件として展開します。大事なのは、調和は一つの現象ではなく、ミクロ・中間・大域という三つのレベルの連鎖だ、という見方です。ミクロは結合子1個を見る反転原理、中間は証明全体を見る正規化、大域は言語全体を見る保存拡大です。今日はこの三層がどう繋がり、そしてどこで切れるのかを追いました。
大域のハーモニー:保存拡大性とその落とし穴
まず一番大きなレベル、大域から始めます。ブランダムの「論理は内容を足さない」という要求を数学的に書くと、保存拡大性(conservative extension)になります。体系Sに新しい結合子∘の導入・除去規則を足して S′ にしたとき、∘を含まない古い論理式φについて「S′でφが証明できる ⟺ Sでφが証明できる」が成り立つ、というのが保存拡大の定義です。つまり∘を足しても、∘を含まない命題の証明力は増えない。これはベルナップ(Belnap, 1962)がtonkへの応答として定式化したものです。∧・∨・→は保存拡大を満たし、tonkは満たしません。
ところがこの大域の基準には落とし穴があります。正しいのですが、''非操作的''なのです。「矛盾に陥らないよう何かをすればよい」と言われても、言語全体(可算無限個の命題)について「すべてのφで同値」を直接確かめるのは現実的ではありません。大域要求は目標を与えますが、行動規範(手順)を与えてくれないのです。さらにベルナップが強調したように、何が論理結合子かは''言語相対的''で、同じ規則でも足すベースの体系が違えば結果が変わりえます。
ミクロのハーモニー:反転原理と「透明な窓」
そこで、結合子1個ごとに・一目でチェックできる操作的な基準が欲しくなります。それがミクロのレベルの反転原理です。出発点はローレンツェン(Lorenzen, 1950年代)の許容可能性で、「その規則を足しても原子命題の証明可能な集合が大きくならない」という、保存拡大を原子命題に限定した種子のような条件です。ローレンツェンは論理結合子を''透明なガラス窓''になぞらえました(この比喩は本書のものです)。除去規則は透明で、余計なことをしない。A∨B ⊢ C は「Cの導出にはAとBの二つの前提が要る」以上の意味を持たない、というわけです。
これをプラヴィッツ(Prawitz, 1965)が自然演繹の除去規則に焦点を当てて再定式化したのが反転原理です。除去規則は導入規則の「反転」であり、導入の直後に除去すると元に戻ります。プラヴィッツ自身の言葉でいえば、導入してすぐ除去した証明(還元前)は、除去規則を使わない証明(還元後)を''「既に含んでいる」''のです。実際に∧でやってみましょう。AとBからA∧Bを作り(∧導入)、そこからAを取り出す(∧除去)のは遠回りです。でも左のAの証明を切り取って上に貼り直せば、A∧Bを経由せずにAが得られます。除去で取り出したAは、導入の時点で''もとから手元にあった''のです。この切り取り&貼り付けが効くと、結合子を含まない結論からその結合子を消せます。つまりミクロ(反転原理)が大域(保存拡大)を導きます。
中間のハーモニー:正規化という橋
ミクロと大域をつなぐのが、中間レベルの正規化です。どんな証明も遠回りを全て消してカノニカルな証明に書き換えられる、という第8・9回の主役です。ダメットはこれを''真正のハーモニー''(intrinsic harmony)と呼び、もっとも本質的な調和としました。正規化は「ただの中間の一段」ではなく、ミクロの局所的な書き換えを証明全体に行き渡らせ、それによって大域の保存拡大を保証する橋なのです。こうして、反転原理(ミクロ)⇒ 正規化(中間)⇒ 保存拡大(大域)という連鎖ができあがります。tonkはこの連鎖の最初のリンク(反転原理)で切れます。tonk除去で取り出すBは、tonk導入の時点では手元になく、復元できないからです。だから中間も大域も総崩れになり、体系ごと自滅します。
統合:三層は一致するとは限らない
ここで一歩踏み込みました。三つのハーモニーは、いつも揃うのでしょうか。まず分子論の話から。ある命題Aの意味が変わったとき、影響が及ぶのはAを部分論理式として含む命題の意味だけです。これを意味の分子論(molecularism)と呼びます。全体論(クワインの信念の網:一文の変化が言語全体に波及する)と原子論(各文が独立)の中間で、部分論理式原理(カノニカルな証明には結論の部分論理式しか現れない)が効くからこそ、意味は適切なサイズの文脈で確定します。これは正規化が効くからこそ言えることです。
そして反例です。古典論理は、正規化定理もカット除去定理も成立します(ゲンツェン)。ところが排中律 ¬A∨A は前提なしで証明でき、この∨除去は還元できません。だから反転原理も保存拡大も成り立たない(古典は直観主義の保存拡大ではない)。''正規化は成り立つのに反転原理と保存拡大は破れる''のです。逆向きの例もあります。クック(Cook, 2005)は、推論の推移性(カット)を捨てれば、tonkを足しても自滅しない体系を作れることを示しました。tonkを保存拡大として追加できる代わりに、中間の橋(正規化)を失うのです。古典論理とCookはちょうど鏡像で、片方は正規化を保ち保存拡大を失い、もう片方は正規化を捨て保存拡大を得ます。三層は独立に壊れうる——「ハーモニーの間のハーモニー」は、いつでもあるわけではないのです。
ふたたびLLMへ
最後にLLMへ戻ります。LLMは「根拠なく言わない」という大域要求は(あるべきものとして)持っていても、各推論ステップの局所的な保証機構(反転原理に当たるもの)を持ちません。「矛盾しないよう何かすればよい」という非操作的な要求だけでは、実装は守れない。ハルシネーションを、三層のどこが欠けているかという診断の枠組みで捉え直せないか——これが引き続きの問いです。次回(第12回)は、正規化のもう一つの顔として、カット除去と推件計算に進む予定です。
今回のキーワード
保存拡大性(conservative extension)、ベルナップ(Belnap 1962)、非操作的、言語相対性、反転原理(inversion principle)、ローレンツェン(Lorenzen)、許容可能性(admissibility)、透明なガラス窓、プラヴィッツ(Prawitz 1965)、既に含んでいる、カット&ペースト、正規化、真正のハーモニー(intrinsic harmony)、ダメット(Dummett 1973a)、三層モデル、ミクロ/中間/大域、意味の分子論(molecularism)、部分論理式原理、全体論/原子論、古典論理、排中律、ゲンツェン、カット除去、クック(Cook 2005)、推移性、tonk、自滅化、ハルシネーションの三層診断
宿題
当日の演習問題です。
''問1'': ある論理結合子について、導入規則の直後に除去規則を適用した遠回り(detour)を、カット&ペーストで還元せよ(∧ または → で)。
''問2'': tonkに似た「壊れた結合子」を自作し、それが三層(ミクロ=反転原理/中間=正規化/大域=保存拡大)のどこで、なぜ壊れるかを診断せよ。
(解答にかかった時間も書いてください。)
提出方法・期限はKULMSの指示に従ってください。
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[2026前期火5] 科学哲学科学史(演習) 担当:矢田部俊介(西日本旅客鉄道株式会社)